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70・80年代の二輪四輪の真実。 良き時代と言われるこの頃の情けない事実。 不出来な!時代の 二輪四輪の、トホホな思い出です。
ダブサンは、高速車です。ですが、瞬間高速車です。
一定以上の速度でクルージングなんてバカなことを言ってはいけない。
部品は飛び散り、外れるものは外れまくり、ライダーは白蝋病に苦しむ。
私、ほんとに毎日の足に乗っていたら、右中指が腱鞘炎になりました。
同時代の振動車に、ヤマハのXS-1があります。
このバイクとの違いを述べましょう。
360°クランクのダブルと、180°クランクの違い、っていうけど。
どちらも激しい振動には違いがないので、クランク形式の違いかどうかは分りません。
ダブルの大きな振れ幅に比べ、XSのそれは、細かく強い感じでした。
XSは、メインスタンドを立ててレーシングをくれると、後ずさりします。
ダブルは、アスファルトに喰い込んでいきます。
ハンドルは、ダブルはゆさゆさした感じ、対してXSは痺れる高周波な感じかな。
ステップは、ダブルがさほど気にならないけど、XSは足がずれて外れます。
そうそう、XSも-Eになってから問題解決しましたが、ケッチン(キックアームの蹴り返し)がひどかった。
私は、薄いデッキシューズでケッチン喰らって、三針縫うことに。
アイドリングでブレーキ解放のとき、ダブルはステアリングassyがすべてゆさゆさと揺れます。
XSは、殆ど動きません。
ナンバープレートは、ダブルがネジの廻りごと取れます。
XSは、ネジが取れてナンバープレートがなくなります。
どちらも、気付きにくいのですが、どういう訳か、必ず出てきます。
部品が取れるのは、ダブルの圧勝のように思います。
マフラーが外れるなんて、XSにはありませんでした。
エアクリーナの次にキャブが外れるなんて、漢ですね。
2009.05.22 | | Comments(40) | Trackback(0) | 随想です。
米国ビッグスリー、危ないですね。
既にクライスラー社は破産し、フィアットが救済に乗り出しました。
GMだって、時間の問題なんでしょう?
唯一、名門フォードが自力再建をはかっているっていっても、再建って…。
いま、自動車メーカーで黒字を出している企業は、世界でただ一社なんですって。
フェラーリ。
凄いですね。規模が小さいとはいえ、こんなにクルマが売れない時代に、あんな実用性に乏しいプレミアム・スポーツカーが利益を上げているなんて、現代の奇跡です。
確かに、フェラーリって商売上手だな、と思います。
同クラスの他プレミアム・スポーツカーに比べ、とても高価です。
その差額は、清水草一さんに依れば、「お布施」だそうです。
スポーツカーって、なんで赤いか知っていますか?
フェラーリが赤いから、なんですね。
最高のスポーツカーっていったら、フェラーリという記号なんですね。
超高級車って、ロールス・ロイスのことです。
こういう、記号になってしまうほどのブランド力を、アメ車はかつて持っていました。
舶来っていったら、豊かさの象徴だったし、アメ車に乗っているっていったら、背景にある生活の豊かさが自ずと目に浮かびました。
CADで基本設計を遣い廻している間に、設計が陳腐化したと言われ、そのときから経営が傾いたように思います。
品質低下はおびただしく、ただがたいが大きいだけの、移動手段に過ぎなくなって久しい。
でも、アメリカは立ち直ってくるでしょう。
あれほどのひどい人種偏見の国で、黒人大統領を選出する底力を持ち、世界最初に月に人類を送った国だもの。
と、アメリカに未だに憧れを持つ私は思うのでした。
2009.05.05 | | Comments(0) | Trackback(0) | 随想です。
クライスラーを救うフィアット、現会長はルカ・ディ・モンテツェモーロさんですね。
一時は経営不振が伝わりましたから、持ち直したのでしょうか。
ルパン三世に出てくるフィアット、敗戦国の精一杯のクルマの悲哀と、デザインの国が同居しています。
日本と同じ敗戦国の国で、どうしてフェラーリが戦後出たんでしょうね。
レースへの情熱の違いでしょうか。
ちょっと前まで、レースをしています、なんて名乗ったら、「へぇ、暴走族の親玉ですか、見掛けに依らないですね」「危険なまねをするんだから、事故には気を付けて下さいよ」と言われました。
87年に中島悟さんがパーマネントドライバーになる以前は、オートバイに乗っている、クルマ好きとは、土曜夜に三連ホーンを鳴らすことでした。
イタリアは、戦後日本以上に復興に手間取った国でしたが、1950年に始まったGPにはすでにフェラーリが参戦して今に続くなんて、凄いですね。
このフェラーリ、創業者エンツォは伝説のひとで、「フェラーリは煙草を吸わない」とスポンサードをすげなく断ったり、息子の死以後、黒服にサングラスの葬送の姿でと通したり。
この誇り高いエンツォが、フィアット傘下に入った経緯を良く知りません。
が、フェラーリを引き受け、常勝に導いた男ルカ・ディ・モンテツェモーロさんが今、フィアット会長としてクライスラーを子会社化しようとしているなんて、歴史の妙です。
2009.05.04 | | Comments(0) | Trackback(0) | 随想です。
驚きました。米国ってクルマ社会は、クルマ製造業すら、まっとうにクルマを作る生業で生きていなかったのですね。
50・60年代のアメ車は、復興しつつはあった日本の、屈託した社会で眩しく光っていました。
豊かな友人宅の前に停まっていたシェビーベルエアは、アメリカでは豊かさを表現するシボレーのワゴン車でしたが、当時のニッポンの小学生には商用バンしか知らず、トヨタコロナバンに乗る友人のお父さん商店主を思い出しながら、イヤに豪華な商用バンだなぁ、と思っていました。
ポンティアックは、田宮のスロットレーシングカーで知りました
ちょうど同時代の、日産シルビア(初代)と似た色のボディーカラーで、その大きいのにシャープでスマートなデザインは、ひと目で大好きになるものでした。
初代シルビアの美しさもたいしたもので、歴代日本車の中で、もっとも美しいクルマの一台だと思います。
マツダのFFロータリールーチェも、どことなく似たデザインで好きでした。
その頃は、お国柄を表現する”ガイシャ”の魅力に溢れた時代だったと思います。
そうそう、そのちょっと前、銀座に力道山さんのキャディ(キャデラック)オープンが、鍵を刺しっ放しで駐車してあるのを見掛けて感動しました。人だかりで気付いたのですが、当時の最高の人気者のクルマ。誰も盗んだりしなかったんでしょうね。
当時のスター年鑑には、自宅住所、電話番号が載っていた時代が、背景にあります。
私は90年代に、一時期FFになったキャディに乗っていたことがあります。
DOHC化されたV8エンジンは緻密な廻り方をし、いわゆるアメリカンマッスルV8とは性格の異なるエンジンでした。
パワーウインドウは経年変化で遅くなりはせず、パワーステアリングはキュウキュウ変な音を立てず、オーナーになってから何度も、掛かっているエンジンに気付かずにセルをひねりました。
このキャディは、とっても好きでした。
でも、いくら良い出来でも、やっぱりキャディのFFなんてヘンです。
後にアメリカのレンタカーで、フルサイズFRだけどリンコルンやキャディより格下のクルマに乗りました。
インターの流入カーブで、クルマはワナワナとフロアは振動し、スカットルは揺れていました。
トヨタも、小さなアメ車を輸入・販売していましたが(シュバリエは)、結局やめましたね。
パワステはキュウキュウ唸り、電動ファンが叫ぶ、ひじょうにうるさい、がさつなクルマでした。
クライスラーは、イタリア・フィアットが子会社化するそう。
かつて連合国に破れたファシストの国イタリアは、その戦後の混乱を「自転車泥棒」が良く表現しています。
イタリアが、ビッグ・スリーを救済なんて、驚きです。
2009.05.03 | | Comments(0) | Trackback(0) | 随想です。
前側サイドウインドウの三角形の窓、ご存知ですか?
三角窓っていって、開閉できました。
日本車で最初に廃止したのが510ブル。
スーパーソニックラインの華奢で高性能な、驚異の大衆セダンでした。
基本設計は上級車のローレル用に開発されたものを転用。
シングルOHCエンジンを標準搭載し、四輪独立懸架、三角窓廃止…。
デザインがとてもすてきだったから、うっかり騙されていました。
三角窓って、凄く重宝する部品だったんです。
当時のクルマに、クーラーなんて滅多に付いていなかったのに、
どういう訳か暑い思い出がないのです。
渋滞もあんまりなかったし、空気も冷涼でした。
エンジンルームもすかすかですから、エアフローも良かったのでしょう。
そして、三角窓。
ダイレクトに首筋に風を流しますから、熱けのない時代の空気が入って、心地良かった。
ムード歌謡がお好きな方なら、フランク永井さんの「夜霧の第二国道」を覚えているでしょう。
夜霧を三角窓で取り入れて走っていると、多摩川を越えるあたりで寒く感じました。
フロントウインドー前に、パカッと開く空気取り入れ窓のあったクルマが現役だった時代。
トヨタのハイエースっていう、不格好なトラックについていたっけ。
油っぽい空気が入ってくるようになったのは、もっと後のことでした。
夏の白昼の東名高速道が、前後に一台もいなくなる、夢のような時代に消えた部品でした。
2009.05.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 随想です。
Author:直立 二気筒 拝
KAWASAKI650RSオーナーの書く、
「KAWASAKIW1S〜W3シリーズが好きだ!」
二輪四輪のトホホな時代のトホホな青春。
記憶に残ったバイク・クルマの覚え書き。